2016年6月10日金曜日

【特別対談】 医師2人が対決! “がん放置療法”は正しいのか?――近藤誠×大場大

「痛み等の自覚症状が無い限り、癌は放置すべき」と主張してきた近藤誠氏。これまでも物議を醸してきたが、新たに批判する医師が現れた。『週刊新潮』で「間違っている」と断じた大場氏は、8月に“近藤批判本”まで上梓するという。その2人が誌上で激突した。

Makoto Kondo 01
「無用な手術を受けて、医師に殺されるな」――医師でありながら、医学界の“常識”に疑義を唱え続ける近藤誠氏(66)。彼の主張は大きな反響を呼んできた。慶應義塾大学医学部を昨年定年退職し、現在は『近藤誠がん研究所・セカンドオピニオン外来』で患者の相談を受けている。そんな近藤氏に対して『週刊新潮』(7月9日号)誌上で真っ向から異を唱えているのが、『東京オンコロジークリニック』の大場大医師(42)だ。記事のタイトルは、『“がんは放置しろ”という近藤誠理論は確実に間違っている!』。大場氏は、外科医と腫瘍内科医両方の立場から癌治療に関わってきた。金沢大学医学部を卒業後、同大学第2外科・がん研有明病院化学療法科や東京大学肝胆膵外科助教を経て、現在はクリニックを開き、癌患者にセカンドオピニオンを提供している。『週刊新潮』に書かれた近藤氏に対する大場氏の基本スタンスは次のようなものだ。「実際のところ、私は近藤氏のことを癌治療の専門家としては認識していません。というのも、“医師としての臨床実践”が長らく欠如しているからです」「彼のこれまでの著書を手に入れ、内容を読み進めると、そこにあったのは信じられないような非科学・バイアス(偏り)・観念・非合理のオンパレードでした」。本誌は、近藤氏と大場氏に2時間半に亘り直接議論を交わしてもらった。ぶつかり合う2人の主張から、浮かび上がった真実とは何か?

近藤「大場さんの新潮の記事、読ませてもらいました。今回はそこで批判された事に対して、僕が反論するという形になる訳ですね?」
大場「はい。近藤先生が仰る有名な“癌擬き理論”では、『ホンモノの癌は発見時に既に転移しているから、治療は無駄。癌擬きは転移しないから放置していい』と主張しています。しかし、早期癌を発見しても『(ホンモノの癌なら)治らないから放置すべし』という論法には、私は反対です」
近藤「例えば、早期胃癌を発見した時、治療する意味があると証明するには生存期間が延びたり、癌が治るという明確なメリットを患者さんに示す事が必要だと思う。早期胃癌を発見して手術をしたから寿命が延びたという、確としたエビデンス(医学的根拠)はお持ちですか?」
大場「手術をしないで放置した患者さんと、手術した患者さんを長期に追跡した時に生存利益として手術が勝るデータがあるかという事を仰っているんですか? それは現実的ではないですし、比較試験としては存在しないと思います」




近藤「しかし、そうなると手術する医師たちはエビデンスが無いのに手術をしている事になる。医師たちは本来、その点を患者に対して明確に示す義務があるのではないですか? 大場さんは新潮で次のように主張していますね。『確実に言えるのは、早期癌を放置すれば、進行癌へと高い確率で移行するということ。更に、その状態を放置し続ければ、転移を生じるまで全身に拡がってしまい【後略】』。この根拠を示して欲しい」
大場「我々は、現場で癌患者さんと接した時に、“医の倫理”として放置する事は基本的には推奨できません。ですから、放置した患者を長時間観察してエビデンスを得る事は不可能です」
近藤「では、『高い確率で転移する』という事実は医学的に確かめられていない事になる。もう1つ、癌を放置しても転移しないという論理を、統計的に見る方法もあります。国内の胃癌発見数と、胃癌に依る死亡数の推移を比較したデータを使うんです。国立がん研究センターがん対策情報センターの資料で1970年代と2013年を比べると、胃癌の発見数は年間約7万人から13万人以上と約2倍になっています。これは、内視鏡検査等が盛んになって発見数が増えた事が要因です。ところが、死亡数は5万人前後と横這い。手術で転移を防げるのなら、死亡数は減少する筈では? 私はこのデータからも、『癌擬きは放置しても転移しない』と確信しています」
大場「私は、そのデータの読み解き方には反対です。寧ろ、治療効果を示していると思う。1970~1980年代と現在では、人口動態において高齢者が占める割合が高くなっています。癌は加齢と共に罹患リスクが高まりますから、今の胃癌患者は昔より数的に多い筈です。その上で死亡数が変わっていないのなら、それは治療の利益でしょう」

近藤「繰り返しになるけど、僕は『早期診断・早期発見には意味が無い』と考えています。最近、残念ながら大腸癌で亡くなった俳優の今井雅之さんのケースがまさにそうだと思う。あの若さで亡くなったから、一般の人は『何故、もっと早く検診を受けなかったのか?』と感じるかもしれません。でも、仮に5cm程度の大腸癌があって、肝臓に転移したとすると、大腸癌がまだ5mmくらいの時、既に肝臓には1mm程度の癌があった筈。その1mmの病巣の中には、100万個以上の癌細胞が詰まっているんです。1つの癌細胞が転移するというのは、それだけ“昔”のことになる。これを早期で発見する事は不可能です」
大場「私には、その理屈は全く理解できません。転移するには時間軸が必要で、時間と共に初発巣の癌は深くなり、大きくなる。1mmの時から既に転移が潜在しているという“仮説”は、医学界では通用しないと思います」
近藤「先程からお話ししているように、大場さんの主張にはエビデンスやデータが決定的に欠けている。貴方は、『癌の転移には時間軸が必要で、深く、大きくなってから転移する』と言う。世の中の多くの医師は、そうやって患者さんに接している。一方で、僕が言っているのはそうした見解への反証です。『手術をしたほうが寿命が延びる』『時間と共に早期癌は大きくなり、転移する』――そう主張するなら、大場さんは『これが事実である』と証明するべき側に立っているんですよ。今、欧米でも過剰診断が大きな問題になっているのをご存知ですか? 検診が盛んになる事で、甲状腺癌や乳癌等の発見数が数倍から10倍以上になっている国もあります。ところが、癌に依る死亡数は増えてはいない。“放置しておいても構わない癌を見つける過剰診断”は、言葉こそ違えど、僕の言う“癌擬き”と同じなんだと考えています」

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大場「確かに、過剰診断が“患者の掘り起し”という問題を抱えている側面はご指摘の通りだと思います。近藤先生は、著作等でご自身の医師としての体験談を語られていますよね? 早期癌の患者さんを長年診てこられて、その患者さんは『今でも転移無く、お元気に過ごされている』等というケースは間違いなく事実なんでしょう。ただ、逆に私の臨床医としての経験から言うと、近藤先生の本を読んで影響を受けた患者さんが、早期胃癌と診断されて手術を受けなかった事がありました。ずっと追跡してきましたけれども、7年目ぐらいで進行癌になって亡くなられた。その患者さんは、手術をしなかった事を非常に後悔していました。中には、放置しても長生きする患者さんはいるのでしょうが、『全ての癌を放置していい』という飛躍した論法は危険だと思うんです」
近藤「その患者さんが亡くなられた原因である転移も、その大きさから計算してみると、早期胃癌が発見されるずっと以前に転移していた。つまり、仮に早期発見時に手術していても治らなかった。結局、最大の問題は、現代の癌治療について一般の人が正しく理解していない事でしょう。手術する根拠や癌検診を受ける意味……。本来は皆、医者たちがエビデンスを示すべき事柄なんだけど、少なくとも早期発見の分野、或いは固形癌の抗癌剤治療については、何1つ証明されていないのが実態です。特に、抗癌剤は酷い。特定の体内分子を攻撃する事で、癌治療に有効とされる分子標的薬は、実際には大した効果がありません。にも拘らず、多くの製薬会社は社員や関連する医師に論文を作らせて、厚生労働省の承認を得ている。利益相反のある企業と研究者が結びついているケースは珍しくなく、倫理的に非常に大きな問題を抱えているんです。しかし、医者はそうした事実に口を噤んだまま、『この治療をしないと死にますよ』と患者を“脅す”。不要な手術に駆り立て、抗癌剤の副作用で身体をボロボロにして、中には命を縮める人もいる。そうした現実に対して1つひとつ事実を解説してきたのが、これまでの僕の活動です」

大場「近藤先生の理論がこれだけ世の中に受け入れられた根底には、根深い医療不信があるんだと思います。医師たちの信じられない不祥事も多いですし、今は患者さんたちも医師に全てお任せするのではなく、自ら情報を手に入れて医師や治療法を賢く選ぶ時代です。近藤先生の非常にわかり易い鮮明な理論を受け入れ易い下地ができている。ただ、過剰診断のリスクを是が非でも負わない為に、『全ての癌放置が正しい』と言い切る事には反対です。これは何度でも言いたい。医師と患者が共に前向きに最善を尽くすべき癌治療に関して、近藤先生の理論は間違っている事のほうが多いと考えています」
近藤「『全ての癌を放置しろ』と書いたことは一度も無いので、貴方は誤解しています。僕は、『自覚症状が無い固形癌は放置してよい』と言ってきました。癌治療で寿命が延びる根拠は無く、逆に合併症や後遺症という不利益は明確にある。検診で“癌擬き”なのに、乳房を取られ、胃を取られ、子宮を取られる事も多い。大場さんが主張する論理は飽く迄も医師たちの“願望”であって、証明された事実ではない。僕はその点を突き付けている。医師たちが明確なエビデンスを示すまでは、『自覚症状が無い固形癌の場合、癌治療を受けないほうが長生きする』と確信していますし、これからも声を上げ続けます。現代の癌治療の世界が如何に歪んだ情報の上に成り立ってるかという事に、読者はもう気がつかなきゃいけない」

議論は平行線に終わった。貴方はどちらの主張に説得力を感じただろうか?


キャプチャ  2015年8月13日・20日号掲載

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